桜木太夫(さくらぎたゆう、生没年未詳)は幕末の嶋原太夫(「遊女桜木」、「さくら木」とも)。
輪違屋にいた太夫であり、「維新の名花」「幕末の名妓」と呼ばれ、輪違屋においては現代にいたっても その源氏名は「永久欠番」扱いとなっている。
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京都の歌人、能勢春臣に和歌を師事。大田垣蓮月の歌友の一人であり、 蓮月に「太夫ならねど才子なり」と評価されていた。
当初は桂小五郎の深い馴染みであったが、のちに 伊藤博文の愛妾となる。伊藤がハルビンの 駅にて暗殺された後は、尼となり、京都市北区西賀茂 にて 隠棲したという。